愛してるなんて囁けない


デリ日々



愛してる、なんて所詮は5文字で構成されている言葉だ。
口に出したらはいお終いと、そう割り切ることも出来る程度の長さ。

「マスターおはよう!愛してるよ」
ほら、こんなに簡単だ。

デリックは起動されて真っ先に視界に飛び込んできた人物に、おもむろに抱きついた。
抱きつかれた方はというと抵抗することももう諦めたのか、されるがままの状態でやめろと一言呟いた。
勿論そんなことで止めるわけがない。デリックは腕の力を強くした。
「……嫌がらせのつもり?」
臨也は恨めしそうにデリックを見る。
「まさか!俺はマスターのことを愛してるんだぜ」
この言葉に偽りはない。
「はいはい、その言葉いつも思うけど嘘臭いから」
なんでこんなに口が軽いのか……。
臨也は息を吐き出すと腕の戒めから抜け出した。デリックによって皺のついた服を直す。
「全くシズちゃんと同じ顔で気持ち悪いったらありゃしない!」
「まあまあ、臨也くんは照れ臭いんだよねー」
さっきまでどこにいたのか、いつの間にか隣にサイケが立っていた。
ニヤニヤと面白いものでも見ているかのようにサイケは臨也を見る。
「なんたって好きな人と同じ顔……」
「サイケ!」
臨也は顔を真っ赤にさせると慌ててサイケの口を塞いだ。
サイケが暴れる中、臨也も負けじと応戦する。
すっかり輪から外れてしまったデリックはふと辺りを見回した。
「あの、津軽先輩」
「……どうした?」
津軽は首を傾げてデリックを見つめた。
「日々也見ませんっした?」
ここに唯一いない存在をデリックは気になった。
「見ていないが……、なんなら探そうか?」
「いや、いないんならいいんス」
名残惜しそうにもう一度辺りを見て、デリックは肩を落とした。


いつも日々也は俺の前には姿を見せない。
それを残念に思いながらも会ったら会ったでまともに話せる自信はなかったが。
マスターには簡単に言える言葉が、何故日々也には言えないのだろう。
どんなに考えても答えは出ない。

「そんなのデリちゃんにしかわかるわけないじゃん」
それをサイケと津軽に相談したら一蹴された。
「デリちゃんがわかってない自分の気持ちだよ、それがオレにわかったら凄いって」
……そう言ってたっけか。
どれだけ考えても自分の気持ちに整理はつかなかった。
だから相談したんだよ、仕方がないじゃないか。
自分の気持ち、か。
デリックは日々也の姿を思い浮かべる。
日に焼けていない白く透き通った肌、はっきりと意思を持った瞳、薄紅色にふくらんだ唇は甘い果実のよう、艶のある黒髪には王冠がよく映える……。
はっと我に返ると頭を振る。
今浮かんだことはなかったことにしよう。こんなものはただの欲望の塊だ。
「……デリちゃん、どうして顔赤いの?」
「へっ!?あ、いや、なんでもねーよ」
通りがかったサイケに見られていたらしい。覗きこまれたので慌てて顔を隠した。
「で、結局どーなの?」
「なにが?」
「わかったの?自分の気持ち」
サイケが身を乗り出してデリックに顔を近付けた。
デリックは一歩下がりながらも自分に問いかける。
自分は日々也をどう思う?日々也とどうしていきたい?
「そっそれはだな……」
結局言葉が出てこず、デリックは目を泳がせる。
サイケは盛大なため息をついた。
ため息をつきたいのは俺の方なんだが……。
デリックはジト目でサイケを見やる。
「もー仕方ないなー」
サイケお兄ちゃんが教えてあげるとデリックの耳に顔を近付けた。
サイケからこそりと知らされた言葉は直ぐには頭に入ってこなかった。
「………へ?」
「だからー、デリちゃんは日々也のことが大好きなんだって!」
俺が?
デリックは再度サイケを見た。否定の色は見えない。
ぶわっと顔に熱が集まる。
「デリちゃんのことだから『俺はみんなのことが好きなんだから日々也が好きなのは当たり前だ』……みたいに言うかと思ったのに」
サイケは意地の悪い笑みを浮かべる。
「え、俺が…日々也を……」
頭がまだついていけていない。
マスターや兄貴に向ける愛とは違う。これは、本当の恋……。
頭でその言葉を噛み締めた。
「そうだったのか……」
「じゃあ行動あるのみだね!」
サイケはデリックの背を押した。
「日々也のところに行こう!」
それにデリックは必死に抵抗した。
すぐに気持ちを伝えたい気持ちもある。だが、今までの愛の言葉と違う。

日々也に相手にされなかったら?

「いや、だけど日々也の気持ちってーのもあるし、もし断られたりでもしたら……」
断られたら俺はどうなるのだろう…?
最悪のことばかり考えてしまう。今のままの方が変に気まずさを残さなくていいと思えた。
ああでもないこうでもないとうだうだと言い訳のように呟き続けるデリックにサイケはにっこりと笑いかけた。
「さっさと行きなよ」
その時のサイケは笑みを作った顔のようで目は全く笑っていなかったと後にデリックは語る。
デリックは機械的に首を縦に動かした。


デリックの背をサイケは呆れたように見送った。
「ホーント世話の妬ける弟だよ」
「そうだな」
いつの間にか津軽がサイケの傍にいた。
やれやれとサイケは津軽の背中にのし掛かる。津軽はそれを拒まずに受け入れた。
「あの2人は後押しがないといつまで経ってもこのままだったろう」
「2人して意気地がないなー」
サイケが素直過ぎるのだろう。はっきりと物を言う子だ。
津軽はデリックの出ていった方を見た。
「あんなに似たもの同士というのも珍しいものだな」
「デリちゃんと日々也?」
津軽はこくりと頷く。

デリックがサイケと津軽のもとへ行く少し前に、日々也が訪れていた。
「あ、あの……デリック殿のことで相談があるのですが」
そう言ってやってきた日々也はデリックのことが気になるようだった。
「デリック殿のことを考えると胸がいっぱいになりますし、まともに顔を見ることが出来ないのです」
デリックのことを話すとき、日々也は頬を染めていた。
その態度がなにを意味しているのかは明らかで自然と笑みが溢れたものだ。

「今頃会ってるかな?」
「おそらくな」
「あの2人なら上手くいくよね?」
サイケは眉をひそめる。心配なのだ。
「2人なら心配いらない」
俺達のように上手くやっていくと思うがと津軽はサイケの頭を撫でた。
サイケは津軽の手に擦り寄るようにし、やわらかな笑みを見せた。


デリックが屋上の扉を開けると、日々也は新宿の街並みを眺めていた。
「ひっ日々也……」
ある程度の距離を置いて日々也に話しかけた。
日々也はそれに返事はしないで景色を眺めたままだった。
それを絶望した面持ちで見、デリックは目を伏せた。
やっぱり日々也に俺は向いていないんだ……。
そのまま帰ろうかという時に日々也が振り向いた。

「デリック殿」

一瞬でその瞳に引き込まれた。
じっと、お互いの顔を見合す。
しばらく時間がたった頃だろうか、日々也が口を開いた。
「こうして会うことも久しぶりですね」
「あ、ああそうだな……」
「まあ私があなたのことを避けていたからなのですが」
それにデリックは心を抉られたような感覚に陥る。
日々也は俺を避けるほど俺のことが嫌いだったのか……。
「待って下さい、話はまだです!」
踵を返そうとしたデリックに日々也は制止の声をあげる。
「だって、日々也は俺のことが嫌いなんだろ?それ以外に避ける理由がないじゃないか」
諦めたように乾いた笑みを浮かべる。
それに日々也は静かに首を横に振った。
「違います、私はデリック殿のことを」
そこで区切り、日々也は深呼吸をした。
もうなにを言われてもいいようにとデリックは身構える。
「私はデリック殿のことを、愛しているのですよ」
「ほら、やっぱり日々也は俺のことが嫌……え?」
デリックは自分のトレードマークでもあるヘッドホンを耳から外した。
「もっもう一度!もっと傍で……!」
日々也は頷くとデリックの傍まで歩み寄った。
少し照れくさそうに笑う。
デリックは自分が今どういう状況にあるのか分からなくなってきた。
おそらく今の自分の顔は真っ赤になっていることだろう。
だが、今はそれも考えられないくらい頭が一杯一杯だ。
「私はデリックのことを愛しています」
聞き間違いではないと分かった途端、デリックは日々也に抱きついた。
「デッデリック殿!?」
嬉しくて嬉しくて、言葉が自然に溢れる。
「俺も……!俺も日々也のこと好きだ!」
もう離さないとでもいうように力一杯抱きしめる。
苦しいだろうに、日々也はキュッとデリックの背中に手を回して抱きしめ返した。
「嬉しいです、デリック殿」
「俺も、嬉しい」

空は夜の帳が下りようとしていた。 デリックと日々也は臨也やサイケ達が呼びに来るまで、いつまでも抱きしめ合っていた。




余談

「そういえば、」
サイケが向かいのソファーに座りながらデリックと日々也を見やった。
2人は手をつないで寄り添うように座っている。
「もうキスはした?」
それにデリックは慌てふためき、日々也は顔を真っ赤にさせて目を伏せた。
「な、なにを言って……!」
「あ、まだなのね。なーんだ」
つまらなそうに足をぶらつかせる。
日々也は手で顔を隠しながらもサイケを見た。
「私は先程好きと言われたばかりですし……」
「好きだけ?他の言葉は?」
「それは……」
日々也は思い出すようにするがそういえばそれ以外の言葉をかけてもらった覚えがない。
デリックはその様子を隣でビクビクしながら窺っていた。
「デリック殿」
日々也はデリックの方を向き直した。
「……はい、なんでしょうか?」
思わず敬語になったデリックに日々也は乗り出した。
「私にも愛してるって言ってくれませんか?」
「それはー……」
目を逸らしたデリックの顔を掴み、無理矢理日々也の方を向けさせられる。
「お願いします」
日々也のキラキラとした目におされ、デリックは口を開く。
「…………愛してる」
喋ったかどうかもわからないほど小さいその言葉を日々也はしっかり受け取ったようだ。
幸せを噛み締めるように目を閉じる。
「はい、私も愛してます」

その後の頬笑みにデリックが惚れ直したのは言うまでもない。






素直になれない6のお題より
お題提供先/コ・コ・コ
2011/07/14